大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)72号 判決

控訴人(原審昭和四三年(ワ)第四号事件被告、

同四四年(ワ)第九号事件原告)

塩見国祐

右控訴人訴訟代理人

香山仙太郎

被控訴人(原審昭和四三年(ワ)第四号事件原告、

同四四年(ワ)第九号事件被告)

田中節夫

被控訴人(原審昭和四四年(ワ)第九号事件被告)

永木初栄

外五名

右被控訴人ら七名訴訟代理人

小林義和

主文

一、原判決中控訴人と被控訴人らとに関する部分を取消す。

二、控訴人と被控訴人田中節夫との間において、別紙第一目録記載の物件が控訴人の所有であることを確認する。

三、被控訴人田中節夫は、控訴人に対して、別紙第一目録記載の物件につき所有権移転登記手続をなし、かつ、これを引渡せ。

四、控訴人と被控訴人永木初栄、同永木伸一、同永木伸枝、同永木健司、同永木泰地、同永木由紀子との間において、別紙第二目録記載の物件が控訴人の所有であることを確認する。

五、被控訴人永木初栄、同永木伸一、同永木伸枝、同永木健司、同永木泰地、同永木由紀子は、別紙第二目録記載の物件につき、永木武夫より控訴人に対して、所有権移転登記手続をなし、かつ、これを引渡せ。

六、被控訴人田中節夫の控訴人に対する請求を棄却する。

七、訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

八、この判決は、主文第三、五項の引渡しを命ずる部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

控訴人代理人は、主文同旨(ただし第五項を除く)及び「被控訴人永木初栄、同伸一、同伸枝、同健司、同泰地、同由紀子は別紙第二目録記載の物件につき、被相続人永木武夫に対する各相続分(被控訴人初栄は三分の一、その余の被控訴人らは各一五分の二)につき相続登記をしたうえ、控訴人に対し、所有権移転登記手続をなし、かつ、これを引渡せ。」との判決並びに引渡し部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。《以下、省略》

理由

一昭和四一年九月二四日、亡武夫が赤松登に対し、亡武夫の赤松登に対する昭和三五年四月一二日付の金銭消費貸借に基づく債務金三五〇万円の支払義務を認め、その支払にかえて、被控訴人田中所有の第一物件と亡武夫所有の第二物件の所有権を赤松登に移転する旨の代物弁済契約を締結したこと(以下本件代物弁済契約という)、当時被控訴人田中は自己所有の第一物件の処分を亡武夫に委せ、亡武夫は被控訴人田中を代理して本件代物弁済契約を締結したものであること、そして、第一物件につき、赤松登のため京都地方法務局加悦出張所昭和四一年一〇月一二日受付第一七六九号をもつて、昭和三五年四月一二日売買予約を原因とする所有権移転請求権の仮登記がなされ、さらに、控訴人のため、京都地方法務局加悦出張所昭和四一年一〇月一四日受付第一七八四号をもつて、昭和四一年一〇月一三日譲渡を原因とする右所有権移転請求権の移転の附記登記がなされたこと、及び、亡武夫は昭和四一年一二月四日死亡し、妻の被控訴人永木初栄、子の被控訴人永木伸一、同伸枝、同健司、同泰地、同由紀子がこれを相続したことは、いずれも当事者間に争いはない。

二〈証拠〉によれば、昭和四一年一〇月一四日頃、控訴人は赤松登と本件物件を代金一五〇万円、ただし内金二〇万円は即時払、残金一三〇万円は所有権移転登記と引換払の約定で買受ける旨の売買契約を結び(以下本件売買契約という)、即時右二〇万円を支払い、残代金の支払を保証する意味で額面金額一三〇万円の小切手一通を西舞鶴信用金庫に予託してその旨赤松登に通知したことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

三ところで、被控訴人らは本件代物弁済契約は赤松登と亡武夫との通謀虚偽表示であるから無効である旨主張し、控訴人はこれを争い、仮にそのとおりであるとしても、赤松登と本件売買契約を結んだ控訴人は善意の第三者であるから被控訴人らはその無効をもつて控訴人に対抗することはできない旨主張するので検討する。

〈証拠〉を総合すれば(以上の各証拠を本項において前掲各証拠という)、本件代物弁済契約及び本件売買契約の前後の経緯として次の事実が認められる。すなわち、

1  第一物件と第二物件の境界は事実上不明で本件物件は外形上一体をなしている。第一物件はもと控訴人の、第二物件はもと控訴人の弟の塩見格男の所有であつたが、控訴人は亡武夫との共同事業の失敗から負債を生じ、その担保として本件物件に抵当権が設定されていたところ、昭和二八年頃、右抵当権実行による競売手続を経て、第一物件は被控訴人田中の、第二物件は亡武夫の所有となつた。

2  その後、控訴人は第一物件を被控訴人田中から賃借して使用を続けてきたが、被控訴人田中から賃料不払を理由に明渡し訴訟を起され、昭和四一年四月控訴人敗訴の判決が確定し、その明渡しを余儀なくされることとなつた。

3  そこで、控訴人は先祖伝来の遺産である本件物件の所有権の回復を強く望み、第二物件を所有しかつ第一物件を事実上管理支配していた亡武夫と本件物件を買受けるための交渉を始めた。従来からの控訴人の近隣居住者で右経緯を知つている小長谷宗太郎、小長谷新蔵、寺下照一らは控訴人に協力した。

4  ところで、本件物件の当時の時価は一五〇万円ないし一九〇万円位であつたところ、亡武夫は、架空の債権者を仕立てあげこれに返済する必要がある如く装つて、控訴人に本件物件を高く買受けさせることを企て、昭和四一年夏頃、赤松登と通謀のうえ、その事実はないのに、赤松登が亡武夫に対し三五〇万円の債権を有し、その代物弁済として本件物件の所有権を赤松が取得した如く仮装して本件代物弁済契約を結び、控訴人やその近隣居住の協力者らに真実である如く伝え、向後は赤松登を相手として本件物件を買受ける交渉をするよう申入れ、ついで、赤松登もこれらの者に同趣旨の申入れをした。しかも、亡武夫と赤松は、控訴人や前記近隣居住の協力者らに示すため、昭和四一年九月末頃、右仮装にかかる債権と本件代物弁済契約を内容とする内容虚偽の「契約書並確約証書」と題する被控訴人田中と亡武夫名義の書面を作成し、同年一〇月五日頃、控訴人やその近隣居住の協力者らに示し、控訴人にはその写も交付した。ついで、亡武夫と赤松登は前記一、記載のとおり、同年一〇月一二日、第一物件につき、赤松登を権利者として昭和三五年四月一二日売買予約を原因とする所有権移転請求権の仮登記を終えた。

5  そのため、控訴人と近隣居住の協力者らは、赤松登と亡武夫との間に、真実、本件代物弁済契約が締結され本件物件の所有権は赤松登に移転したものと信じて、赤松登と本件物件の買受けの交渉をすゝめ、同年一〇月一四日頃、控訴人と赤松登との間で前記二、記載のとおり本件売買契約を結んだ。

以上の事実が認められ、原、当審証人和田藤吉の証言中右認定に反する部分はその余の前掲各証拠に照らして信用できず、他にこれを動かすに足りる証拠はない(なお、前掲各証拠によれば、控訴人の本件物件買受けの交渉には、亡武夫側では、当初和田藤吉が当り(和田藤吉も亡武夫の債権者を仮装した)、売買価格として四〇〇万円を示していたことが認められ、本件売買契約の価格と相当の距たりがあるが、前記認定の本件物件の時価と当時本件物件にはまだ控訴人が居住していたこと等の事情を勘案すれば、本件売買契約の価格に不自然な点はみあたらず、また、〈証拠〉によると弁護士前尾庄一が被控訴人田中の代理人として、本件売買契約後の昭和四一年一〇月二八日前記債務名義により第一物件の明渡しの強制執行に赴き、ついで、同年一二月九日右強制執行を完了した際、控訴人は執行官に本件売買契約の存在を告げず、しかも、前尾庄一から本件売買契約に関係する書類の交付を求められて手交したことが認められ、これは本件売買契約後の控訴人の行為として一見奇異に感じられないでもないが、〈証拠〉によれば、右執行の際、控訴人が前尾庄一に本件売買契約の存在を伝えたところ、前尾庄一から、控訴人が赤松登に騙されている旨伝えられ、かつ、その書類を手交するよう強く要求されたことが認められるので、これに、前尾庄一が弁護士であるのに控訴人はいわば法律の素人であること、本件売買契約に関する所有権移転登記手続が未了であつたこと等を勘案すれば、控訴人の行為はあえて不自然という程のものではなく、いずれも前記1ないし5の認定事実を左右するには至らない)。

次に、被控訴人らは、控訴人の代理人である寺下照一は本件代物弁済契約が通謀虚偽表示であることを知つていた旨主張し、原、当審証人和田藤吉の証言中にはこれに沿うかの如き部分があるが、右部分はその余の前掲各証拠に照らして信用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

四以上の当事者間に争いのない事実と認定事実によれば、本件代物弁済契約は赤松登と亡武夫の通謀による虚偽表示であるから無効であるが、控訴人は善意で赤松登から本件物件を買受けたものであるから、被控訴人らは右無効をもつて控訴人に対抗することはできず、従つて、控訴人が本件物件の所有権を取得したものといわねばならない。

そうして、原、当審における控訴人本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、被控訴人田中が第一物件を、その余の被控訴人らが第二物件を占有していることが認められるので、被控訴人らはそれぞれ第一、第二物件を控訴人に対して引渡す義務がある。

次に、控訴人は、被控訴人田中とその余の被控訴人らに対し、それぞれ、第一、第二物件について控訴人に直接の所有権移転登記手続を求めるところ(甲から乙への不動産譲渡があり、その登記未了のうちに譲渡人甲が死亡してAが相続した場合には、乙とAは不動産登記法四二条により甲から乙への移転登記をしなければならない筋合のものであるから、第二物件について亡武夫から被控訴人ら(田中を除く)に相続分に応じて相続登記をしたうえ控訴人に所有権移転登記手続を求める請求は、亡武夫から控訴人あての所有権移転登記手続の請求をも包含しているものと解するのが相当である。)、右手続は前記認定の所有権移転の経過によればいわゆる中間省略の登記に該当するものである。

ところで、一般に中間省略の登記手続を求めるについては、中間者のみならず当初の物権変動の当事者である登記名義人の同意も要すると解すべきであるから(最高裁判所昭和四〇年九月二一日判決、民集一九巻六号一五六〇頁参照)、その同意のない以上、中間者に代位して登記名義人から中間者あて移転登記手続をなすべき旨請求し、さらに中間者から権利者に移転登記を経るほかはないのである(不動産が甲から乙へ、乙から丙へと順次譲渡されたのに登記名義は依然として甲にある場合に、甲乙間の譲渡が虚偽表示で無効な場合でも、丙が善意であれば、丙は乙に代位して甲に対し、甲から乙への移転登記手続をなすべき旨請求することができ、甲は虚偽表示をもつて対抗できないので、右の如き代位請求が原則的には可能である。)。しかしながら、後記判示のとおりの特段の事情が存するような場合には登記名義人及び中間者の同意がなくても、直接にいわゆる中間省略の所有権移転登記手続を求めることができるものと解するのが相当である。即ち、本件においては中間者である赤松登の被控訴人らに対する本件物件に関する本件代物弁済契約を原因とする所有権移転登記手続請求訴訟がなされ(本件原審併合)右訴訟は本件代物弁済契約が赤松登と被控訴人らの通謀による虚偽表示であることを理由として棄却されて確定していることが当裁判所に顕著であり、したがつて控訴人は赤松登に代位して請求すべき由がないこと(最高裁判所昭和二八年一二月一四日判決、民集七巻一二号一三八六頁参照)の特別の事情があるので、このような場合、登記名義人である被控訴人田中又は亡武夫及び中間者である赤松登の同意の有無に拘らず被控訴人らは直接控訴人あていわゆる中間省略の所有権移転登記手続をなすべき義務があると解するのが相当である。

次に、被控訴人田中の控訴人に対する第一物件の所有権移転請求権仮登記の移転登記の抹消登記手続を求める請求については、前記のとおり、被控訴人田中が第一物件の所有権者であることを認めることができないので、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

五以上の次第により、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由があるのでこれを認容すべきであり、被控訴人田中の控訴人に対する本訴請求は理由がないのでこれを棄却すべきである。

よつて、右と結論を異にする原判決は不当であり、本件控訴は理由があるので民訴法三八六条によりこれを取消し、訴訟費用の負担については民訴法九六条、八九条、九三条を、仮執行の宣言については同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(北浦憲二 光広龍夫 篠田省二)

別紙第一目録、第二目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例